令和元年も終わろうとしている

令和元年も終わろうとしている

こんにちは。

セリタのブログ担当です。

明日は大晦日。

早いものです。

セリタは今日仕事納めです。

世間的には今日はもう、

年末年始休業に入っているのでしょうか。

今朝の通勤は、すいすい来れました。

今年は、怒涛の一年だったなと思います。

転職して、既に異動もありましたし、

個人的には引っ越しも入籍もしました。

年末になって身内が入院して、

年越しは病院で迎えることになってしまったのも、

今年の大きな出来事のひとつになってしまいました。

こんなにもいろんなことがある年は、久しぶりです。

昨日、ハマりすぎて大人買いした鬼滅の刃の単行本を

(入院している身内にも読んでみてほしいと理由付けして買ってしまった)、

改めてじっくり読んでいたのですが、

作者である吾峠呼世晴先生の第5巻のコメントに共感し、

感動したので、そのことについて少し書こうと思います。

「人生とは基本的に努力をしても報われません。

報われた時は奇跡が起きているんだと思います。」

と、先生は仰っておられました。

なにやら深くないですか。

この言葉。

努力って報われるものだと、私も思いません。

報われてたらみんなスーパースターになってしまうでしょうし。

でも、努力が無駄っていうわけでもないと思うし、

絶対に報われないっていうわけでもないだろうし。

努力が報われたとき、

もしかしたら他者の力を借りているかもしれないし。

この言葉を言っているのが他の誰かだったらここまで、

この言葉が私に刺さっていないのだろうと思います。

でも、グッと来たのにはやはり理由があって、

それは作品の中にあります。

鬼滅の刃の主人公、炭治郎はめちゃくちゃ努力しています。

主人公だけあってその努力は報われているように見えますが、

序盤でさらっと2年とか経過していて、

その間の努力は計り知れません。

そういったところに、

読者は魅力を感じているのだと思います。

炭治郎だけではありません。

作者の吾峠呼世晴先生についても、

今や月刊・週刊だけでなく、

webや動画など様々な形で沢山の漫画が生み出されている中、

これほど世間から愛される作品を作り出すなんて、

努力なしでは考えられません。

真実はわかりませんが、

おそらく努力の上に起きた大ヒットという奇跡を

目の当たりにしているからこそ、

吾峠先生の言葉に惹かれたのだと思います。

年の瀬に素敵な言葉に出会えました。

皆様、今年は大変お世話になりました。

来年も、どうぞよろしくお願いいたします。

よいお年をお迎えください。