身近な田んぼが教えてくれたこと

稲穂

本日も皆さまお疲れ様でございます。

以前も触れましたが、私は車通勤をしております。

で、田舎なもので駐車場の周りには田んぼや畑があります。

当然雑草の生えている場所もあり、新芽の成長や季節毎に咲く花に

朝夕楽しませてもらってます。

今年は降水量が少ないそうですが、側溝でも川でもない農業用水路が

辺りに引かれているため、稲も元気に育っています。

この農業用水路は地域で農業をされている方々がお金を出し合って、

維持管理しているそう。

我田引水は御法度。

その他にも暗黙の了解の事柄もあり、平等に大切に使っているそうです。

イギリスのような不文法のような制度ですが、慣習とか習わしとか伝統とか

そんな言葉で守られ続けて来ています。

出勤の時、特に朝日に照らされて稲穂がとってもきれいに輝いてます。

春植えられた時は頼りないほど小さかったのに、瑞瑞しく日々大きくなっています。

漢字で書くと八十八で米。八十八回の手間暇をかけて育てられるんだ。

そんな事を教わり、お茶碗には米粒を残さないようになりました。

我田引水も同様。自分の田んぼだけ引いたら皆困るよね?

子どもだって思う。そらそうだと。

身近に田んぼが当たり前にあり、そんなお説教があり、最後の一粒まで、

米粒を食べるようになったこと、我田引水の意味を知ったこと、

それを思うと、そうではない環境が増える今、どうやって教えるのだろう?

何がこの環境の代りになっているんだろう。

稲穂の成長に見とれながら、ふと疑問に思う今朝の出勤でした。